カツリ、と、上がった音に、その音の源へとふと目を落とす。
文台に下ろされた右腕、その手首には、見飽きる程に見慣れ過ぎ、その下に皮膚がある事など思い至らぬほどに馴染みきった、鈍色の金属環が、本来の皮膚と同化したかのよう、収まっている。
長く身につけ続けたそれを、不意に上がった音程度で意識を割くことなど、無かった筈なのだ。最早、己にとっては耳につくほどでもない、上がって当たり前の生活音であり、馴染みきった音なのだから。それが、不意にあがった異音と聴覚がとらえるようになり、訳なく視線を落とすようになったのは、ごく、ごく最近の事。
環をわずか眇めた目で見やりながら、己の身体と区別のつかぬ程に馴染んだ存在を、事ある毎に改めて意識せざるを得なくなった、その経緯に思いを馳せていた。
[冒頭に、思うように進捗しない調査、狙った落としどころへ事態を進める事が出来ず(詰めの手が足りない、とか?)苛立ち気味な描写入れ、気が散りやすく意識散漫になりがちな状況説明入れる。]
右手首を、金属環ごとに掴まれた。掴んだ男の指先があたる皮膚から感じ取る男の体温は、清雅自身の体温より低く、…何故掴まれているのか、などといった理由を考えるよりも先に、まるで普段のその男の立ち居振る舞いそのもののような、生温さだ、と、漠然と考えていた。
耳元で、男が喚いていた。
うるさい。
似合わぬ真摯さ、そう受け取れるだろう、強い感情を宿した瞳で、清雅自身の瞳を真正面から捕らえながら。
うるさい。
男の発する音が耳に与えてくる情報は、清雅にとってはまるで不要な情報だ。
うるさい。
募る不快感を紛らわせようと、掴まれ続ける右手首に意識をやれば、その金属環が、いつの間にか、男と清雅、互いの体温に染まり、僅か、清雅自身の体温よりも低く(冷たさを帯び)なり、金属環が、己の身体とは独立した存在である事を、不意に認識した。
己の存在意義と、深く結びつき、己自身の定め(運命)、半ば己の自意識を投影していた存在。(←要考)
その存在が、無理矢理に(意図せず)、他者に介在させられ得るものだと、認識した。
翻って、己の存在もまた、この金属環のように、容易く、他者に染まってしまうのではないかと…愚にもつかぬ、酷く子供じみた根拠の無い怯えを覚えた。

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